2009年10月25日日曜日

ノンちゃんと上野動物園



21年10月20日、ノンちゃん、恒平パパ、好子ママ、祇江おばあちゃん、日出臣じいちゃんと四人で上野動物園に行った。
この日は秋晴れの好天気に恵まれて、絶好の動物園めぐりになった。
ノンちゃんは1歳半、しっかりと歩けるようになって園内を走り回って大はしゃぎしてくれた。
ペンギンさんのコナーではすごい反応で”あ!う!”歓声を上げ通しであった。

こんにCHIBA10月例会佐倉ツアー



10月例会は10日(土)佐倉ツアーを楽しみました。

参加者は、小島さん、森田(富)さん、中島さん、市角さん、倉永さん、祇江さん、梶岡の7名。

予定通り、11時50分に京成成田駅に集合(中島さんは直接)、千葉交通バスで宗吾霊堂に向かう。このバス路線ではかつては千葉県唯一の路面電車が走っていたと言う。

宗吾霊堂に着いたときには小雨が振り出した。
この宗吾霊堂は、江戸時代承応(じょうおう)2年(1653年、時の将軍は四代家綱)将軍直訴の罪に問われた佐倉(本名木内)惣五郎が、公津ヶ原の刑場ではりつけ、子ども四人は打ち首の惨形に処せられたが、この刑場跡に埋葬されたお墓がそれである。

霊堂参拝前の腹ごしらえに門前にある「甚兵衛そば」でそばをいただく。
地元の人にも評判とか、なかなかの美味しさで腹ごしらえ完了、いよいよ霊堂に参拝する。

惣五郎及び四人の子達のお墓に手を合わせた後、記念館で義民宗吾艱難辛苦の生涯を、13場面のパノラマによるガイド説明を受ける。

将軍直訴事件とは、
今から350年余前、佐倉藩家老の暴政と極度の重税に苦しむ領民達はこれに対抗すべく百姓一揆を企てるが、惣五郎が他の名主を糾合し”待てしばし、先ずは減税を願い出すべし”と佐倉藩に願い出するも相手にされない。さればと江戸に上り領主堀田正信公にお願いしても追い返される。ならばと将軍家御側用人久世大和守に駕籠訴するも却下される。
ついに最後の手段、将軍直訴を決行、願書が取り上げられて佐倉領民はようやく塗炭の苦しみから救われる。意を決してからこの間9年の歳月を要したことになる。
しかし、直訴の大罪をおかした惣五郎は刑場の露と消える。享年42歳。

福沢諭吉が「学問の進めの」中で、”平和的に人民の権義を主張し正理を唱えて政府に迫り、その命を棄てて終わりをよくし、世界中に対して恥ずることなかるべき者は、古来ただ一名の佐倉宗五郎(さくらそうごろう)あるのみ”と述べている。・・・小島さんからの受け売り。
何となく知っていた惣五郎のことをもう少し詳しく知ることが出来た。

京成電車で佐倉に移動。
県立佐倉高校を訪ねた。
寛政4(1792)佐倉学問所として開設。いわゆる佐倉藩の藩校である。
その歴史は217年に及ぶと言うからすごい。
小島さん、市角さん、中島さんのお嬢さんのご主人、の母校とか。
後期堀田家(前期堀田家は惣五郎直訴事件で改易となった)がそれを支えた。
千葉県下高等学校唯一の明治建築校舎を眺め、展示室で217年の歴史を訪ねた。卒業生も私達にとっても興味深い時間であった。

佐倉の街中に入る。祭囃子が聞こえてくる。
狭い街中の道を山車が若者達に引かれている。
年に一度の秋祭り。家を離れていた人達がこの日ばかりは帰ってくるのか。
中心部に入るにつれて人出がすごくなってくる。
道の両側には夜店がぎっしりと連なっている。
普段は裏淋しそうな町が目一杯賑わいを見せているのだ。
小島さんもかつて山車を引き、神輿を担いだそうだ。

佐倉美術館で中島さんのお孫さん(小学4年生)の習字作品”作文”を見る。
市内小学校で選ばれた作品が展示されていた。
中島さんの嬉しそうなお顔。

待望の夕食、鰻「玉屋」に行く。風情の有る佇まい。(インターネットご覧あれ)
創業120年の老舗、印旛沼の鰻を食べさせたと言う。
かつては佐倉連隊の軍人さん達で賑わったそうだが今はその面影は無い。
メインの鰻重が出る前に前菜として出された川えび・どじょうのから揚げ、茹で落花生、里芋の衣かつぎ、銀杏、季節が感じられて実に美味。
本番の鰻がいよいよ登場。ふっくらと焼き上がり、少し甘みのたれの鰻重。今は印旛沼産ではないだろうが、いける!
窓の外からは秋祭りの踊り子達の”えっさのこらさの、エッサッサー”の掛け声が聞こえてくる。酌み交わすお酒は、新潟の銘柄でなんて言ったっけ。千葉の酒では無かったがいい心持になって来た。

お腹が大満足になり食事会は終了、時間は8時を過ぎている。
再びお祭りの輪に戻ると人出は最高潮に溢れ返っている。
山車の上で何と中島さんの二人のお孫さん(娘さん)が小太鼓を敲いているではないか。頬を高潮させながら懸命の演奏。無事に演奏を終えた後のにっこりと笑う姿は本当に可愛らしい。思わず皆で大きな拍手を送った。
中島さんのなんとも嬉しそうな顔は、おじいちゃん冥利そのものだった。

最後に、この祭りを司る麻賀多神社の参拝と、麻賀多神社大神輿(享保6年、江戸中期に360両をかけて製作された)を拝謁して今回のツアーを終了、京成佐倉駅と向かったのである。

皆さん、お疲れ様でした。
そして小島さん、このツアー計画とご案内を本当に有難うございました。
こんにCHIBAのテーマ「ふるさと千葉」「この町に住んでよかった」にふさわしい素敵な小さな旅でした。